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馬産地往来

2010年12月24日

最終重賞に見た道営競馬の魅力

マイナー種牡馬が示した血統の奥深さ

後藤 正俊

 2010年度のホッカイドウ競馬は11月18日の門別開催で全80日の日程を終了した。発売総額は112億9224万円で前年対比97・8%とわずかに09年度に及ばなかったが、1日当たりの発売額1億4115万円はほぼ前年並み。大都市・札幌での開催を休止して集客能力の低い門別競馬場だけでの開催だったことを考えれば、十分に評価できる数字となった。
 すでに高橋はるみ北海道知事が「最低でも5年間の存続」という方針を明言していただけに、最終日の売り上げ集計はそれほどピリピリモードにはならず、締めくくりの道営記念を関係者も純粋な気持ちで楽しむことができたはずだ。
 その道営記念を制したのは6番人気の伏兵オネストジョン(牡6歳)だった。同馬は06年にJRAデビュー。徐々に力を付けて準オープンの太秦S、摩耶Sで2着。その後は頭打ちとなって10年夏から道営に転厩してきた馬だった。JRAでの実績を考えれば道営記念制覇は意外ではないが、改めてこの馬の血統を見返すと、いろいろ考えさせられるものがある。
 父エイシンダンカークはミスタープロスペクター産駒の米国産馬で、競走成績は13戦3勝。特別勝ちも重賞出走もない。ミスタープロスペクターの晩年産駒という血統的な希少性が評価されて種牡馬入りしたものの、初年度の種付け産駒は5頭だけ。そのうちの1頭がオネストジョンとなったが、日本での供用はこの1年だけで米国へ輸出され、現在はスウェーデンで種牡馬生活を送っている。スウェーデンでは2000ギニー馬を輩出するなど成功しているが、日本では超マイナー種牡馬だったことは間違いない。
 母ハウンドトゥースはJRA3勝で準オープン入りした活躍馬だったが、その父はトウホーカムリ。現役時代は準オープン級で、種牡馬としては10年間供用されたものの産駒頭数は計7頭だけだった。サイアーもブルードメアサイアーも日本では計10頭に満たない産駒しか残していないのに、その組み合わせで誕生したオネストジョンが道営とはいえチャンピオンの座に就いたのだから、血統というのは奥が深い。
 その道営記念で1番人気に推されたのは牝馬ながら牡馬との混合で3冠を制した3歳牝馬クラキンコ。結果は5着に敗退したものの、10年ホッカイドウ競馬の主役として地元を大いに盛り上げた。同馬の父クラキングオーは生え抜きの道営活躍馬で、種牡馬としては計3頭の産駒しか残せずに10年10月に死亡している。クラキンコは初年度唯1頭の産駒だった。
 クラキングオーの父はJRAで活躍したスズカコバンだが、母の父シングルロマンはJRAから道営に転厩してきて、脚部不安のため満足なレースはできなかったものの、その素質を買われて種牡馬入りした馬だった。JRA在籍のままだったら生産者の目に直接触れることができず、種牡馬には恐らくなれなかったことだろう。 シングルロマンもクラキングオーも、ホッカイドウ競馬という舞台があったからこそ、産駒は少ないながらも種牡馬としてその血を残すことができたのだ。 クラキンコの母クラシャトルも牝馬ながら北海優駿を制した道営の名牝。クラキンコは世界的にも恐らく史上初の「ダービー(北海優駿)父母娘制覇」を達成したことになる。道営で活躍した多くの馬は、より賞金の高いJRAや南関東へ転厩していくが、クラキンコのオーナーブリーダーである倉見牧場は、この配合を見てもわかる通り、ホッカイドウ競馬に極めて強い愛着を持っている。クラキンコは生涯ホッカイドウ競馬で走り続けるはずで、11年度からもホッカイドウ競馬の救世主として活躍を続けてくれるはずだ。
 サンデーサイレンスのようなスーパーサイアーがいなくなり、いまの種牡馬界はレベルが均衡化している。オネストジョンやクラキンコのようにマイナー種牡馬から活躍馬が誕生する可能性が高まっている。その血統の魅力を売り込んでいくことも、ホッカイドウ競馬の今後の戦略につながっていくのではないだろうか。





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