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馬産地往来

15/01/13

奇跡の父系は繋がるか?

 

後藤 正俊

 異色な馬の種牡馬入りに関するニュースが相次いでいる。
 1頭はギンザグリングラス(牡10歳、父メジロマックイーン、母ニドクリキリコ、母の父サンキリコ)。07年千葉サラブレッドセールにおいて200万円で取引され、同年8月にJRAデビュー。4戦目の未勝利戦で勝ち上がったが、その後は苦戦が続いてJRAは11戦1勝で地方競馬へ移籍。14年10月まで南関東で走り続けて98戦2勝で、トータル109戦3勝。競走成績は至って目立たない芦毛馬だが、同馬が特徴的だったのはメジロマックイーン最後の現役馬という点だ(園田所属のトマホークミサイル=牡10歳=も登録未抹消だがすでに乗馬に転用)。
 06年4月に死亡したメジロマックイーンは、07年生産馬2頭が実質的な最後の産駒となるが、これらもすべて現役を引退している。引退後に種牡馬になった馬として1998年生まれのグランアクトゥール(牡、母スイートルノワール=JRA1勝、鹿毛)がいたが、2年間の供用で03年に抹消されている。種牡馬入りが期待されていた目黒記念勝ち馬ホクトスルタン(牡、母ダイイチアピール=JRA5勝、芦毛)は障害レース中の事故で死亡してしまった。このままだとメジロマックイーンの父系が途絶えることになり、それはメジロアサマ〜メジロティターン〜メジロマックイーンと3代に渡って繋がってきた芦毛王者の父系をも途切れさせることだった。
 そこで注目されたのが最後の現役牡馬ギンザグリングラスだった。オーナーサイドは「奇跡のサイアーラインを守っていきたい」と種牡馬入りを決断した。この競走成績では多くの繁殖牝馬を集めることは難しいかもしれない。だが、考えてみれば曽祖父メジロアサマは精虫の不足から初年度産駒0頭、2年目産駒はアラブの1頭、そして1頭だけだった3年目産駒の快速メジロエスパーダの活躍で可能性が見出され、生涯わずか19頭の産駒でありながら、奇跡の父系を築いた歴史がある。そして父としては成功とは言えなかったメジロマックイーンは、ブルードメアサイアーとしてオルフェーヴル、ゴールドシップ、ドリームジャーニーなどを続々と輩出して「奇跡」を継承している。ギンザグリングラスからさらに父系が続いていく可能性だって、まったくゼロではないはずだ。
 もう1頭の注目の種牡馬入りはトウカイテイオー産駒クワイトファイン(牡5歳、母オーロラテルコ)。同馬の場合はまだ南関東で現役を続けており、種牡馬入りはあくまでも「検討」段階だが、関係者は将来的に「前向きに」考えているようだ。同馬は12年にホッカイドウ競馬でデビュー。その後、福山を経由して名古屋に移籍し、デビュー33戦目で初勝利。その後、南関東に移籍してC3クラスでレースを使われている。14年11月末現在で地方競馬57戦1勝の成績は、常識的に考えれば種牡馬入りは極めて厳しいものだろう。
 だがトウカイテイオーは13年に死亡しており、現役産駒は14年11月現在で17頭しかおらず、このうち牡馬は11頭。デビュー前の2歳が3頭、1歳が2頭(牡馬は各1頭)が残っているだけだ。このうちJRA所属馬は2頭で、準オープンのトウカイオーロラ、1000万条件のヤマニンガーゴイルには種牡馬入りの可能性がなくもないが、ともに8歳馬で今後の重賞勝ちはかなり難しそうだ。
 同馬の産駒ではトウカイポイントがマイルCSを制したが、同馬はセン馬だった。かしわ記念を勝ったストロングブラッドも引退後は去勢されて乗馬となり、現在は功労馬として余生を過ごしている。メジロマックイーン同様に、後継にふさわしい種牡馬候補が皆無の状況だった。
 競走成績は目立たなくても、クワイトファインの血統には大きな特徴がある。母の父はミスターシービー(その父トウショウボーイ)。祖母の父はシンザン。曾祖母の父はタニノムーティエ。近代日本競馬を築いてきた歴史的名馬の血が「これでもか!!」と配合されている。しかも父トウカイテイオーには皇帝シンボリルドルフ、さらにスピードシンボリの血が伝えられている。これだけ日本の歴史的名馬があふれる血統背景を持つ馬は滅多にお目に掛かれない。シンボリルドルフ〜トウカイテイオーの父系だけでなく、希少になりつつあるミスターシービー、タニノムーティエのDNAを残す価値も大きい。
 ギンザグリングラス、クワイトファインはともにパーソロン系でもある。1970〜80年代前半は現在よりもはるかに多い供用種牡馬の中にあって、パーソロン産駒から毎年大物が登場し、オークス4連覇、ダービー1・2着独占などの快挙を果たした。それはまるで90年代後半から2000年代のサンデーサイレンス・ブームに近い雰囲気があった。この2頭の競走実績は「優勝劣敗」の種牡馬入りの原則からははみ出すものかもしれないが、偉大なパーソロンの父系を守るという意味では、日本競馬界に課せられた責務であるようにも思えてくる。