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2023年12月25日

イクイノックスについて思う

北海道事務所・遠藤 幹

 11月30日、イクイノックスの引退が発表された。この秋の天皇賞、ジャパンカップと、圧倒的な強さで勝利し、世界最強馬の称号が今まさに与えられようとするこの時期での引退は、種牡馬としてのこれからを考えれば至って当然のことと思う。ここまで本馬を支えた関係者の皆様、大変お疲れさまでした。
 イクイノックス自身の今年のパフォーマンスは、世界最強かつ日本競馬史上最強と言えるものだった。欧州の強豪を子ども扱いしたG1ドバイシーマクラシック、遠征帰りかつ大外を回される不利がありながら、きっちり勝利をつかんだG1宝塚記念、ハイペースを余裕で追走しレコードで駆け抜けたG1天皇賞・秋、リバティアイランド以下、精鋭揃いのメンバーに能力差を見せつけたG1ジャパンカップと、どれも完璧かつ素晴らしいレースぶりだった。ジャパンカップの勝利に与えられたレーティングが133。まだ確定値ではないが、本年度の世界ランク1位の座を確実にしたと思う。
 パフォーマンスもさることながら、この馬の際立った長所はその素晴らしい馬体にあるように思う。馬体重は490キロ台、体高高く胸前広く、しなやかで柔らか味を感じさせる筋肉、しっとりつやを帯びた皮膚、バランスの取れた体躯と四肢、そして魅惑的で知性を感じさせる顔付き……すべてが素晴らしく完璧。究極のサラブレッドが遂に誕生したといっても過言ではない。
 血統表を俯瞰すれば、父はキタサンブラック、遡ってブラックタイド、サンデーサイレンスの名が見える。1991年に供用を開始したサンデーサイレンスは、日本競馬史上最高の種牡馬として数多くの優駿を輩出した。優れた後継種牡馬もディープインパクトを筆頭に、ハーツクライ、ステイゴールド、ダイワメジャー、ゴールドアリュールと数多く存在し、サンデーサイレンス系の枝葉をあらゆるカテゴリーに広げていった。その中にあってディープインパクトの1つ上の全兄であるブラックタイドが、キタサンブラックという大物を送り出した。菊花賞制覇で本格化したキタサンブラックは、古馬になり自身の強さに磨きをかけ、故障知らずの健康体のまま現役を引退。初年度産駒のイクイノックス、2年目の産駒である皐月賞馬ソールオリエンスなど、次々と優秀な産駒を出して、成功種牡馬の地位を獲得した。
 イクイノックスとの配合を考えた場合、サンデーサイレンスは4代前に位置する。サンデーサイレンス系が繁栄する中にあって一部で危惧されていたのは、血の飽和である。配合の選択肢が狭まり、父系が頭打ちになる懸念が語られた時期があったが、イクイノックスは一足早くそこから抜け出している。父系の祖を血統表の遠い位置に追いやり、配合においてサンデーサイレンスのクロスを気にする必要はほぼなくなったと言えるのではないか。
 母シャトーブランシュはG3マーメイドS勝ち馬、母の父はキングヘイロー、その父は欧州の名馬ダンシングブレーヴである。また、祖母の父には成功種牡馬トニービンの名前も見え、くしくも凱旋門賞馬2頭が母系の中で3代前に並び立つ。さらに曽祖母の父アレッジドも凱旋門賞馬(77・78年に連覇)で、この3頭が強力な底力、スタミナ、瞬発力をイクイノックスに与えている。種牡馬入りの後はノーザンファームを始め社台グループ、大手馬主や生産牧場から選りすぐりの繁殖牝馬を集めるのは必至であり、間違いなく成功種牡馬の道を歩むものと思う。
 私の勤め先ブリーダーズスタリオンステーションでは、イクイノックスの祖父ブラックタイドを繋養している。2022年の暮れにシンジケートを解散し、今年はのんびり7頭の牝馬と交配しうち4頭を受胎させた。気性は若い頃そのままで父サンデーサイレンス譲りの荒々しさを時折見せるが、さすがに22歳となって背中がやや下がった。冬を迎えて毛も長くなり、艶やかな光沢は被毛から失われている。稀代の名馬イクイノックスはやがて、続々と活躍馬を送る父の名を冠して「キタサンブラック系」の代表的な種牡馬と称されるようになるかもしれない。しかし、もしそうなったときは「キタサンブラック系」でなく、「ブラックタイド系」と呼ばせてほしい。たった1頭とはいえ、偉大なチャンピオンホース・キタサンブラックを送り出したブラックタイドが、孫のイクイノックスの活躍によってサラブレッド血統史の中で大きなポジションを占め、後世まで語り継がれる存在になってくれることぐらい、私や種馬場のスタッフにとって誇らしく思うことはない。ブラックタイドには1年でも長生きしてもらいたい。そして私は、その孫やひ孫の活躍を馬房の前で、ブラックタイドに聞かせてあげたいと思う。

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