2025年6月25日
日高で働くインド人
外国人がめっきり増えた日高地方。私の住む日高町は、今年の4月末現在、外国人住民登録が562人を数え、総人口の5.2%を占めるまでに至った。うち6割弱の320人がインド国籍の方だ。10年前は外国人が119人(0.9%)であったので、その大幅増加には目を見張るものがある。スーパーやコンビニ、郵便局で外国人の方をお見かけすることも日常の風景となった。
今回、北海道軽種馬振興公社に勤務するギリ・スザナさんのご協力で、ホッカイドウ競馬・桧森邦夫厩舎で勤務するインド人のベル・シングさん(39歳)にインタビューする機会をいただいた。ベルさんはホッカイドウ競馬の厩舎で働くインド人の第1号の方で、8年前から桧森厩舎で働いていらっしゃる。私自身、まったくインドの方とお話しする機会がなく、どういった経緯で皆さんが産地で働くようになったか、またその仕事や暮らしぶりなどお聞きしたいことがたくさんあった。以下、私の拙いインタビューを文字に起こしてみたい。
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現在、ホッカイドウ競馬の厩舎では60人以上のインド人厩務員が働いている。8年前からここで働くベルさんは、桧森厩舎で働く厩務員10名(うちインド人8名)の番頭格である。インド北西部のラジャスタン州の州都ジャイプル出身。ジャイプルは、有力氏族が残した石造りの建造物が美しい人口約350万人の大都市である。
高校を卒業しインドの競馬場で働いた後、ドバイでライダー(調教をメインとする乗り役)として10年働いた。仕事のメインは競走馬の調教であるが、その一方でドバイ王族が開催する馬の耐久レースにも参加していたとのこと。なんとこのレースの走行距離は120キロ! ドバイ郊外の砂漠地帯を走る過酷な競走で、途中で何度も休憩を入れながらのマラソンレースなのだ。100頭の出走馬のうち完走は10頭程度。その10傑にベルさんは入ったことがあるらしい!
縁あって8年前に桧森厩舎に入り、調教をメインとした仕事をしていたが、深刻な落馬事故で4カ月入院したこともあり、その後ライダーはほぼ引退し、馬の出し入れの管理や厩舎作業をメインとして仕事をしている。
日本で働きだして間もなく、胆振東部地震を経験し、また冬の過酷な寒さも体験して、これはちょっと心身ともにもたないと思った時もあったそうだ。しかし桧森調教師のこまやかな心遣いで仕事を続ける中で、日本の良さにも気付いてきた。時間管理がしっかりしていて仕事のオンオフがはっきりしていること、同僚のうわさ話や雑言に振り回されることがないなど、働きやすい日本の職場の環境が長年勤務する原動力となった。
「桧森先生が調教師を続けている間は、ずっとここで仕事を続けていきたい。先生がおやめになったら考えるけど……」とベルさんは語る。インドの食材をそろえた移動販売車が定期的に競馬場に来ており、食事にも困らない。年に1度、12月から1カ月~1カ月半ほどはインドに帰国し、奥様や2人のお子さんに会うのを楽しみにしている。
ここで桧森調教師がインタビューに加わる。「俺がいないとこで、いっぱい悪口言ってたか(笑)?」と先生は軽口をたたきながら部屋に入り、座は和んだ。
「厩舎の厩務員としてインド人を雇用するとき、最初北海道は反対していて、なかなか申請が許可されなかったんだよ。今でこそこれだけ厩務員が増えてしっかり定着しているので成功を認めているけど。ベルも初めは寒さに震えて不安そうにしていたけど、次第になじんでくれて、あとから入る後輩インド人の面倒見も良いから、厩舎主任としてうちの厩務員を束ねてもらっているんだ。本当にまじめで性格が良い奴で助かっている。インド人同士は日本人以上に人付き合いが濃くてすぐお互いに仲良くなるし、ベルのところには結構人が集まるんだよな」
桧森調教師の人柄やスタッフの操縦術も、インド人厩務員を始めスタッフみんなが厩舎で長く働く力になっていることを感じた次第だ。
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この4月には駐日インド大使が日高を訪れ、浦河町や日高町のインド人と面会した。競馬人気とは裏腹に、なかなか現場で働く人材確保に生産牧場や育成施設が苦労している中にあって、外国人の労働力に頼るところは大きい。働く環境や能力に応じた雇用形態の充実を図る一方、産地で生活する外国人に対してのフォローやバックアップはもっとあって良いものと思う。
ここホッカイドウ競馬には、ヒンディー語、ネパール語、英語、日本語と4カ国語に堪能で、実務能力の高いギリ・スザナさんという、冒頭で触れた才媛がいらっしゃる。万一の時の外国人厩務員への対応は彼女を頼ることができるが、本来はそれらも行政が担う分野でもある。
インド人受け入れの先進地、浦河町では、ヒンディー語を話せる日本人や日本語を話せるインド人を招聘し、様々な行政サービスを提供して外国人の生活を支えていると聞く。単身赴任で働くインド人が多いが、最近はご夫婦で来日する例も増えてきたとのことだ。
さて、次は私の住む日高町。人口減を憂える前に町内で働くパイオニア的な外国人の皆さんを、しっかりフォローアップする体制を築くことが急務だと思うが、いかがでしょうか?