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2011年12月22日

JCの日、東京競馬場で

25年の空白を埋めた競馬の力

北海道事務所・遠藤 幹

 私の会社では毎年、牧場の方を対象とした「JCツアー」を1泊2日で企画している。30年近く続く人気ツアーであり、今年も50数名が参加して盛況だった。そのJC当日の個人的な出来事を書き留めておきたい。
 JC当日の昼過ぎ、私は東京競馬場で古い友人ヤマモトさんと会った。彼は同じ大学、同じ学生寮で5年間寝食を共にした1学年上の先輩である。学生生活、なかでも鎌倉にあった旧師範学校の寄宿舎だった学生寮で過ごした5年間は、今でも私に強烈な思いを残している。
 その先輩ヤマモトさんは、大学卒業後、競輪雑誌の記者として働いていたが、30歳になる前に統合失調症を患った。長い闘病生活が続いたのち5年ほど前に退院し、今は生活保護を受けながらグループホームで生活している。私がJCの際に上京するのを知ってぜひ会いたいという連絡が来たのだった。
 トキノミノル像の下のヤマモトさんは初老の老人のような佇まいだった。頭はやや禿げ上がって衣服はかなりくたびれていて、ひと回り小さくなったような感じだった。同じ学生寮で暮らした2学年下のナベカワも一緒に来ていた。彼は教育問題のライターとして生計を立てているが、ヤマモトさんが病気を患ってから、大変なときも何かと面倒を見ているという。
 ヤマモトさんは私と会うなり、スーツ姿の格好を見て「遠藤もすっかりサラリーマンだねえ。遠藤の書いた文章も読んでいるよう」とニコニコ笑った。
 「遠藤とダービーに来て以来の東京競馬場だよう。あのときはもうかったなあ」とヤマモトさんはうれしそうに続けた。
 ヤマモトさんは内服薬の副作用で、ゆっくり話しても滑舌がはっきりしないのだが、同行のナベカワがスラスラと私に翻訳してくれるのだ。
 「ダイナガリバーが勝った日本ダービー以来か」─ヤマモトさんと寮生5、6人で東京競馬場へ来て20数倍の連複を全員が取ったことを思い出した。
 話は必然的に学生時代に飛び、私に25年前の記憶が甦ってきた。ときどきヤマモトさんの話は時系列がメチャクチャになって、判然としなくなるのだが、「学生時代の話だけは正確なんですよ」とナベカワ。
 ヤマモトさんは退院後、グループホームで社会復帰に向けて軽作業などをしながら過ごしていたが、規定により来年2月上旬にはホームを退所してアパートを探さなければならない。
 「こんなしゃべりだから不動産屋に行ってもあんたに貸す物件はないって断られるんだあ」とヤマモトさんはうつむいた。
 ひどい話だと思ったが事実は違っていた。ナベカワの話によると、不動産屋も手馴れたもので、生活保護者用の賃貸物件や保証協会もあり、普通はさほど苦労しないでもそれなりの物件が見つかるらしい。ところが現在は生活保護者が激増した関係で、保護者向けのアパートがふさがっていて空きがでない。
 ヤマモトさんの場合、生活保護申請地で居住地でもある国分寺市を離れるのはご法度なので、さらに物件が限られてくるということらしい。生活保護者の賃貸物件の家賃の上限は5万2500円とか。仮に住まいが見つかったとしても、ヤマモトさんが一人で生活するのはかなり危なっかしい。本当に自活できるのだろうか。
 「遠藤、見てくれ」とヤマモトさんが購入した馬券を見せてくれた。枠連の「4─4」を2千円買っていた。ヴィクトワールピサとペルーサの馬券だ。
 「これが来れば10万円になるんだ。そしたらナベカワの借金も返せるんだ」とヤマモトさん。隣でナベカワが「いつの借金ですか? もう別に返してもらわなくて結構です」と呆れたように笑っている。何も言わずヤマモトさんの面倒を見ているナベカワに私は頭が下がった。
「よし、それなら僕も4─4の連複を千円買ってヤマモトさんを応援するよ」と私。「遠藤、また会おうね」とヤマモトさん。
 ここで3人は別れた。ヤマモトさんは雑踏のなかをとぼとぼ歩いて私の視界から消えた。
 レースはご存じの通り、1着ブエナビスタ、2着トーセンジョーダンで決まった。ヴィクトワールピサもペルーサも後方ママだった。ペルーサの横山騎手は直線半ばで追うのを止めた。
 無理に追って馬を痛めることを善しとしない横山騎手らしい判断だったが、私は「横典! もっと追ってくれ! ヤマモトさんにもう少し夢を見させてくれ!」と心のなかで叫んだ。

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