2025年2月25日
生産ビジネスに参入する馬主層
今年の種牡馬の種付け権利(ストレート株。以下、種株)の取引は、例年になく活発である。私どもの会社では、種株価格一覧をホームページやSNSを通じて発信しているが、めぼしい人気種株が上場されると、たちどころに買いが入り売れてしまう状況が続いている。年明けから、取引価格が1000万円を超えるキタサンブラックやエピファネイア、スワーヴリチャードといった大物種牡馬株が活発に取引され、それに次ぐクラスの人気種牡馬(シニスターミニスター、リオンディーズ、ホッコータルマエ等)も続々買い注文が入り、ほどなく売り物がなくなった。その中身をつぶさに見ると、今までになかった傾向が大きく浮かび上がってくる。
種株取引の主たるプレイヤーが従来の生産牧場ではなく、若手の馬主の方になっているのだ。一つの類型を示せば、年齢は40~50代前半。企業経営者である一方で、繁殖牝馬を5~10頭程度所有しているが、自前の牧場は持っていないといった方々だ。
種株を購入するにあたっては、企業経営者らしく必ず複数の種牡馬商社から見積もりを取られる方もいらっしゃれば、一方では度胸良く同じ種牡馬の種株をまとめて6株購入するという方も登場し、従来の種株取引とは趣を異にする感じの方が多いといった印象がある。
種牡馬シンジケートを組織する際も、そうした馬主の方の問い合わせや申し込みが最近とみに増えた。めぼしい種牡馬が引退すると、ネット上で情報を入手した方々から、その日のうちに電話やメールでシンジケート情報提供の依頼があるのだ。その反応のスピードだが、生産者より2、3日早いというのが私の実感である。
若手馬主の方の中には、ご自身の生産馬でG1レースを始め主要な大レースを制覇したいという名誉欲よりも、競走馬生産を事業としてとらえ、競走馬を生産し販売するサイクルを通し応分の利益を上げることを目標とされている方が、一定の割合でいらっしゃるように感じる。以前、そういった形態を志向している馬主の方とお話しした際に、日高中部にある某牧場をご自身の理想としているとおっしゃっていた。
その牧場の経営者の方は投資家として業界内の著名人。40年以上の歴史を持つ牧場を事業承継し、居抜きのような形で生産事業を始めたと聞く。牧場では古い建物も活用しているようで、施設の改修もさることながら、生産業務の基礎となる繁殖牝馬に重きを置いて投資を行っていると思われる。国内のセールで応分の評価のある高額価格帯の馬を購入し、社台スタリオンステーションの一流種牡馬を中心に、牝馬の評価に合わせた価格帯の種牡馬を配合しているようで、誕生した産駒は、血統面の評価や個性に応じた市場を選んで上場している様子。目指すところは生産馬全頭の売却にあるのだろう。利益を最大にすべくメリハリのある投資を行って、生産馬を販売するというスキームを作り上げているように見受けられる。
私はこの牧場の経営者の方にお会いしたことはないが、数年前に日本経済新聞で目にしたインタビュー記事が今でも印象に残っている。
「生産牧場が減少する一方で、中小企業の経営者が引退時期を迎え、馬主が増えるだろうと考えています。また、近い将来に強い日本馬の輸出が増加し、生産事業のビジネスチャンスが増えるでしょう。だからこそ競走馬を生産販売するビジネスは当然成り立つし、やり方によってはきちんと利益の出るビジネスにできると思います」
日高にどっぷり浸かって身の回りしか見えていない自分にとって、目からうろこが落ちるマクロ的な視点だった。その経営者の方の予言に近い状況が、まさに今だろう。
一方で最近、生産牧場の方とお話しして気付くことは、繁殖牝馬繋養数の増加と自己所有繁殖牝馬の減少が顕著であることだ。会社に程近いところに立地する某牧場は現在、繁殖牝馬25頭を繋養している。10数年前は12~13頭程度の繋養だったものが、馬主の方からの預託依頼を受け入れているうちに繋養数が大きく増加したとのこと。ただし以前10頭程度いた自己所有繁殖牝馬は5頭に減らしたという。
「種付料とか経費も抑えられるし、預託料も今はそれなりの金額をもらえているから、こちらのほうが経営的に楽。馬主さんお1人あたり預託繁殖牝馬は3頭までと決めているので、7、8人の方から馬を預かることになり、リスクも分散するしね」
牧場を持たない生産馬主と既存牧場の預託繁殖牝馬の増加。両者は対をなしており、いわば共存共栄ともいえる関係性を持っている。平成の産地不況期には、自己所有繁殖牝馬の比率の高さが経営を圧迫する大きな要因となっていた。新しい生産馬主層の登場が、産地経済の上昇に一定の役割を果たしていることに今更ながら気付かされる。