2025年4月25日
競馬ファンの心情を思う
この記事を書いている現在、私が勤務する会社(株式会社サラブレッド・ブリーダーズ・クラブ)では社員を募集している。会社ホームページ、牧場求人サイト、そしてハローワークを通じて、事務所、種牡馬牧場(ブリーダーズ・スタリオン・ステーション)双方の応募があり、私は応募者の履歴書を見ながら、まずは電話で就業の意思確認や人物の査定を行っている。そのような時、最初に尋ねることは、数ある求人の中でなぜうちの会社を選んだのかということである。
その際、うちの会社の場合、競馬に深く興味を持つきっかけとなった種牡馬の名前を上げる応募者の方が多い。「シュヴァルグランが大好きで、彼の世話をしたいと思っています」「京都競馬場で見たフィエールマンの天皇賞ですごく感動しました。それから競馬に深く興味を持つようになり、産地で働いてみたいと思うようになりました」などなど。応募者の皆さんは異口同音に、競馬の世界に興味関心を持ち、今回の求人へ応募するに至る強い動機となった憧れの馬の名前を挙げ、その思い出や印象を熱くお話しされるのだ。
スタリオンステーションの現場には、春先にフラワーアレンジメントが時折届く。現場はすぐピンと来るらしいが、私は「今日は何の日だっけ?」と現場スタッフに確認する。これらは、繋養種牡馬あるいはかつての繋養種牡馬宛にファンの皆さんが送ってくるのだ。明るめのブーケだと誕生日、落ち着いた色合いのものであれば命日だとわかる。種付けシーズン前半に天国へ旅立ったステイゴールドやジャングルポケットには、毎年熱心なファンからお花が届く。
種付けのオフシーズン。スタリオンステーションの一般見学初日ともなれば、優に30台を超えるレンタカーが集結する。来場者の皆さんは、まずはお目当ての馬の馬房前に集まり、まるで恋人に会うかのような表情を見せて、種牡馬との対面を果たしている。
これほどまでに馬に思いを託す人がいるのか……。私自身も40年前に一競馬ファンであったので、その気持ちは大変理解できるものがある。一言では言い表せないが、サラブレッドの美しさ、競馬のドラマ性、馬を取り巻く人々、それらが混然一体化した中にあって、競馬にインスパイアを受けた皆さんが、好きになった馬への強い思いを抱いて馬産地を訪ねたり、あるいは人生の一大転機である就職にあたって、思い切って馬業界を選んだりするのだろう。
今から40年前の私の体験談。競馬と知り合うきっかけは、横須賀線の網棚に放置されていたスポーツ新聞だった。私はそのスポーツ紙を取り上げ、ページをめくる中で競馬欄に「三冠馬対決」の見出しを見つけた。1984年のジャパンCは、ミスターシービーとシンボリルドルフの対決、それに日本馬初のジャパンC優勝が達成されるかがレース前の大きな話題となっていた。野球の打撃の三冠はわかるが、競馬の「サンカン」って何?がこの記事を見た私の一番大きな疑問だった。自由国民社出版の『現代用語の基礎知識』には、当時大川慶次郎さんが担当していた競馬のページがあった。そこで競馬の「三冠」の意味を知ったのだが、とりあえず興味関心はここでついえる。数日後にまた拾ったスポーツ紙を読んで、ジャパンCでは三冠馬2頭は敗れ、勝ったのはカツラギエースという全く別の馬だとわかる。三冠馬を破って勝った「カツラギナントカ」ってどんな馬なんだ!?
その年の暮れの有馬記念。競馬に興味を持って初めてテレビで見た。逃げるカツラギエースを2番手マークのシンボリルドルフが直線外から楽にかわす。外からミスターシービーが懸命に追い込むが、届かない! レース後、1円も馬券を買っていない私だったが、素晴らしいレースを見た興奮と感動で、大方そこで自分の運命を決めてしまっていた……。
話を求人応募の若者に戻す。競馬に興味関心を持ったきっかけ、そして馬業界で働きたいという思いを熱く語る彼ら。採用枠は限られており、全員の希望に応えられないのは申し訳ないと思うが、応募者の皆さんがその初心を忘れることなく、自己実現のために勇気を持って馬産地に飛び込んでくれることを、私は心から歓迎したい。
私の住まいの近所に焼き鳥居酒屋があり、地元の人でいつもにぎわっている。先日地元牧場で働く2人の若い女性に出会った。一競馬ファンだった彼女らは、縁あって牧場で働いているのだが、馬にかける思いや意気込みを熱く語っていた。「そんなに真面目に硬く考えなくてもいいんだよ」と思いながらも、青くまっすぐなその子たちの思いをしばらく聞いていた。今を頑張ることで道は開ける。彼女たちが産地で今の情熱を切らすことなく成長していくことを願っている。