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日高便り

2022年8月25日

2022年セレクトセール

北海道事務所・遠藤 幹

 それにしても破壊力満点のセールとなった。2日間の総計で469頭の上場数に対し落札頭数が447頭。落札総額は257億6250万円、平均価格は5763万円、落札率は95.3%、1億円以上の高額落札馬は53頭に達した。落札総額、平均価格、落札率、1億円以上の高額馬の頭数のいずれの指標もセール開設25年で最高となり、大盛況の中でセールは無事終了した。
 この3年のセレクトセールは、コロナ禍で国内経済が大きく減速している状況での開催が続いている。しかも今年はロシアがウクライナに武力侵攻し、国際情勢の不安定要因も新たに加わった。これに端を発し世界的なインフレ懸念が高まり、日本国内にあっては極端な円安ドル高となり経済の停滞が続いている。そのような状況下、春先の各主催者のトレーニングセールもやや頭打ちの傾向が見られただけに、セレクトセールの結果も全く楽観視できる状況ではなかった。それが蓋を開けてみれば、私のちっぽけな不安を吹っ飛ばす大商いなのだから、本当に驚きしかない。
 今年のセールも昨年と基本構図は変わらない。昨年彗星のように登場された藤田晋オーナーが今年も積極的に参加され、2日間で18頭を22億2600万円で落札された。同様にセールをけん引していただいているトップオーナー各位が競って参加され、トップクラスの上場馬はさらに価格が上昇し、熱い戦いが初日は10時間、2日目は8時間40分、途切れることなく続いた。初日の1歳市場ではモシーンの2021(父モーリス・牡)が4億5000万円、2日目の当歳市場ではシャンパンエニワンの2022(父ドゥラメンテ・牡)が3億2000万円で落札され、それぞれの日のトッププライスを記録した。
 2日間で53頭もの1億円以上の落札馬を生み出した熱気もものすごいが、それにつられるように、大台に次ぐ5000~9000万円台の価格帯(日高のセールではトッププライスに相当する価格帯)のボリュームも相当厚みを増した。セリ結果を分析すると5000~9000万円台で落札された頭数は、本年度は124頭(うち社台グループ以外24頭)にも達し、取引頭数全体の27.7%を占めた。昨年が77頭(同11頭)、取引全体の17.5%であったから、全体に落札価格帯が上がり、最初から最後まで切れ間なく高額落札が続く活気あるセールが展開されたことが数字からも実証された形だ。
 高額で落札される上場馬の父馬も多岐にわたる。1億円以上で取引された種牡馬は、エピファネイアが12頭、ドゥラメンテが9頭と、この2頭が最近の種牡馬成績からも群を抜いて高く評価された格好。他種牡馬を眺めれば、4頭のキズナ、3頭のサートゥルナーリア、サトノダイヤモンド、ハーツクライ、モーリス、ロードカナロアを始め全部で18頭もの種牡馬の産駒が1億円の大台に達しているのだから、購買者の次代の宝石(=チャンピオンサイアー)を掘り当てようとする旺盛な探究心が、多種多様な種牡馬の産駒が高額取引されている現状につながっているようにも感じた。
 コロナが常態化している中にあって、予防対策をしっかりとやり切り安全性を担保したうえでセールを開催するのが当然になった。会場への入場を関係者のみに制限し、その結果、適度な空間が保たれたセールエリアはより居心地の良い場所になったように思う。ご来場された方々は、ノーザンホースパークの木漏れ日の下でゆっくりと食事を楽しみ、十分英気を養っていただいたところでセールにご参加されたに違いない。入場口でのスマートな検温や丁寧な駐車場での誘導をおほめくださった購買者の方もいらっしゃり、安全かつ快適にセールにご参加いただくという基本コンセプトはほぼ達成されたのではないだろうか。
 オンラインビッドも導入2年目。会場での競り合いを避け、戦略的な観点からセールにオンラインで参加される方もいらっしゃると聞く。セール鑑定の方もスピーディーかつ明瞭なジャッジでセールを切り盛りし、特段大きなトラブルもなく2日間を無事終えられたことは大変良かったと思う。
 これら落札馬が来年以降の競馬シーンを大きく賑わせてくれるに違いないし、無事全馬デビューしてくれることを祈りたい。この場を借りて落札者を始め、関係者の皆様に心より御礼申し上げます。

※文中の金額は税別。

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