重賞勝ち馬News

Stallions in Japan

会員の勝ち馬

取引馬データベース

よくある質問

日本競走馬協会について

バナーエリア

馬産地往来

2008年6月1日

日高勢 3年連続ダービー制覇

競馬の頂点に挑んだ生産者たち

後藤正俊

 第75回日本ダービーは、 皐月賞不出走でNHKマイルC勝ち馬のディープスカイが豪快な追い込みを見せて、 1番人気に応える快勝劇を見せた。 同馬を生産した浦河・笠松牧場は1989年の創業で、 ダービー初出走での偉業達成となった。
 奥門祥明場長は 「JRA重賞を勝ったのもディープスカイの毎日杯が初めて。 その馬がNHKマイルCで初GIを、 そして遂にダービー制覇までもたらしてくれた。 まるで夢みたいです」 と喜びを表した。
 ディープスカイの母アビは02年のタタソール繁殖牝馬セールで購買した。 「お腹にガリレオの子を受胎していることが大きな魅力だった」 が、 それに加えて、 3代母ミスカーミーからはクリスエヴァート、 チーフズクラウン、 ウィニングカラーズなどの名馬が続出している名牝系。 タップダンスシチーも同じ一族となる。 やや距離不安のあるアグネスタキオン産駒のディープスカイが2400メートルを楽々乗り切ったのは、 この母系の重厚な血が影響していそうだ。
 だが血統とは別に、 奥門場長は2400メートルの距離克服に自信を持っていた。 「NHKマイルCで強い勝ち方を見せたことで、 マスコミではなおさら距離に対しての不安が取り上げられていましたが、 私はむしろ長い距離の方が向いていると思っていました。 ディープスカイは当歳時からどこでも寝てしまうほど図太くて、 ドッシリとしたところのあった馬です。 チャカチャカしたところがまったくないので、 騎手の指示通りに折り合いが付く。 こういう馬は長距離戦の方が好成績を残すものです」
 レースだけではなかった。 関係者がパドック内に入り、 観客も騒然としているダービーのパドックでは、 ほとんどの馬がいつものレースよりもテンションを高めている。 なかには 「イレ込み」 に近い状態の馬もいて、 これではレースへも影響が出てしまう。 だがディープスカイだけはまったく平常心での周回を続けていた。 「ああ、 やっぱりアビの子だなと思いました。 アビの子はみんなああいう性格なのです」。 ダービーの大舞台でも平常心を保てたこと、 レースでも四位騎手の指示通りに後方で脚をためることができたことが、 ダービー制覇につながった。
 2着になったスマイルジャックは、 その血統がレース前から注目されていた。 母シーセモアの 「父サンデーサイレンス、 母の父マルゼンスキー、 祖母の父セントクレスピン」 という配合が、 98年ダービー馬スペシャルウィークとまったく同じという点だ。 いずれも日本を代表する名種牡馬ではあるが、 意図しないで3代まで一緒になる確率は極めて低いものだろう。 そしてスマイルジャックの場合はさらに父にタニノギムレットが交配されている。
「タニノギムレットはダービー馬ですし、 その初年度産駒ウオッカが昨年のダービーを勝っている。 これだけダービーに縁がある馬も珍しいでしょう」 と鵡川・上水牧場の上水明場長は話していた。 皐月賞9着からの大変身は、 まさにこの血統の成せる業だったと言える。
 4着になったレインボーペガサスを生産した浦河・村下明博牧場の村下英子さんは、 感慨深い思いでダービーをテレビ観戦した。 父デインヒル、 母ユキノローズという超良血の母ギャンブルローズは、 レースでも6勝と活躍したが、 それ以上に牧場の基礎繁殖牝馬となってくれることを夫の正明さんとともに期待していた。 繁殖入り初年度からアグネスタキオンと交配したのも、 その期待の表れだった。
 ところがその子供の誕生を見る前に、 夫・正明さんが他界。 さらにレインボーペガサスを生んだ年の秋に、 ギャンブルローズも骨折で死亡してしまった。
「牧場は息子夫婦が継いでくれたが、 何でこんな試練ばかり続くのかと絶望したものです」
 だがそのレインボーペガサスがきさらぎ賞を勝ち、 ダービーでも4着に健闘した。 「ギャンブルローズがあんなに可愛がっていた子が晴れの舞台に立ち、 お母さんの名前も歴史に刻まれた。 それが何よりうれしかった」
 日高の中小規模牧場のいろいろな思いがこもった、 今年の日本ダービーだった。↓日高便り

バックナンバー

過去の馬産地往来

2024年

2023年

2022年

2021年

2020年

2019年

2018年

2017年

2016年

2015年

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

2009年

2008年

2007年

2006年

2005年

2004年