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馬産地往来

2009年10月1日

交配頭数1位はネオの251頭

奇跡の復活 ウォーエンブレム

後藤正俊

 09年春シリーズに供用された種牡馬の交配頭数が9月末までにまとめられた。 今年も圧倒的な人気を集めたのはやはり安平町・社台スタリオンSで供用されている種牡馬たちで、 33頭の供用で計4090頭の牝馬と交配した。 08年よりは126頭の減少となったものの、 国内総種付け頭数の40%以上を占めている寡占状態は変わらない。
 日高地区では日高町のブリーダーズスタリオンSが18頭の供用で1228頭との交配を行った。 徐々に勢力を拡大している日高町のダーレー・ジヤパン・スタリオン・コンプレックスでは初供用馬はいなかったが、 7頭の供用で692頭と交配頭数を伸ばした。
 種牡馬別に見ると、 初年度産駒から皐月賞馬アンライバルド、 ダービー馬ロジユニヴァースを輩出したネオユニヴァースが251頭と交配する断トツの数字で、 2年ぶりに最多交配種牡馬となった。 ネオユニヴァースは初供用の05年からの交配頭数が228、 247、 251、 169頭。 4年目の昨年こそ減少したものの、 今年も含めた他の4シーズンはいずれもトップクラスの人気を誇っている。
 社台スタリオンSでは、 「数多くいるサンデーサイレンス種牡馬のなかでも、 闘争心の強さはもっとも父に似ている。 現役時代も派手な勝ち方を見せなかったが、 並んだら絶対に抜かせない気の強さがあった。 それはイージーゴアに闘争心をむき出しにした父と同じだった。 また馬体に柔軟性があり、 仕上がりが早く、 故障が少なく、 距離の融通性が高いことなども人気の要因になっているようだ」 と分析している。
 初供用の同期に種付け料 (当時300万円) が2倍だったキングカメハメハ (当時600万円) がおり、 ハイレベルな繁殖牝馬はキングカメハメハに集中する傾向があった。 質の面では必ずしも最高の繁殖牝馬がそろったわけではなかったのに種牡馬成績でキングカメハメハを逆転したのだから、 交配牝馬レベルが急激に高まる来春誕生以降の産駒は、 成績がさらに上昇することが当然予想される。
 しかもアグネスタキオンが今春急死してしまい、 ディープインパクトが現時点では未知の部分を多く残しているので、 しばらくはネオユニヴァースが種牡馬界の中心的役割を果たしていくことになりそうだ。
 交配頭数2~4位は、 クロフネ(212頭)、 シンボリクリスエス(207頭)、フジキセキ(203頭) とコンスタントに高い人気を誇っている種牡馬が200頭以上との交配を達成した。
 シーズン終盤に急死したアグネスタキオンは198頭(5位)で最多交配 (229頭) だった昨年よりも31頭減少したが、 代わりに今年の総合リーディングサイアー首位を走るマンハッタンカフェが196頭 (6位) と42頭も増加している。 日高地区で最多交配となったのは供用2年目のアドマイヤムーンで195頭。 昨年より57頭もの増加となった。
 初供用種牡馬では、 いきなりダイワスカーレットとの交配で話題になったチチカステナンゴが152頭、 2冠馬メイショウサムソンが101頭、 ディープインパクトの全兄ブラックタイドは150頭の人気となった。
 種付け頭数がもっとも注目されたのは、 予想通りの大増加だったネオユニヴァースよりもむしろ、 まったく想像が付かなかったウォーエンブレムの 「69頭」 だったのではないだろうか。 メンタル面に大きな問題を抱えていたため、 当初は好みのタイプの牝馬にしか性的興味を示さず、 初年度産駒は4頭だけ、 2年目は騙し騙しに53頭と交配して33頭が誕生したが、 その作戦も2年は続かず3年目は産駒5頭、 4~5年目はついに産駒が誕生せずに 「種牡馬失格」 の烙印が押される寸前だった。
 ところが海外から専門家を招聘するなどの治療の成果がようやく昨年シーズン後半から現れて、 昨年は39頭と交配。 今季はシーズンを通して順調に種付けを行うことができた。 精神面の問題だけに、 来季もこのまま順調に推移するかどうかは未知数の部分もあるが、 数少ない産駒からブラックエンブレム、 ウォータクティクス、 アドマイヤミリオンなどの活躍馬を続出させている異能種牡馬が、 奇跡の復活への第一歩を記したことは間違いない。

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