2025年2月25日
父系継承の難しさ
新冠町の大狩部牧場が導入した英国産の種牡馬パールシークレット(16歳、父コンプトンプレイス)が、今春から新ひだか町・アロースタッドで供用される。同馬は現役時代に26戦7勝。英国でG2テンプルS(芝5ハロン)に勝利、G1キングズスタンドS(芝5ハロン)3着などの成績がある。2017年から英国で種牡馬入りしていた。
注目されているのは同馬の父系で、コンプトンプレイスからインディアンリッジ~アホヌーラ~ロレンザチオ~クレイロン~クラリオン~ジェベル~トウルビヨンと遡る。トウルビヨンは輸入種牡馬パーソロンの四代父にあたり、この父系は三大始祖の1頭バイアリータークを祖としていることからバイアリーターク系(ヘロド系、トウルビヨン系)と呼ばれている。19世紀前半までは欧米で一世を風靡していたバイアリーターク系だが、19世紀後半に入ると急速に衰退し、いまでは欧州でリュティエ、ロレンザチオの系統が残っているものの、その父系はゴドルフィンアラビアン系と同様に存続が危ぶまれている状況。ダーレーアラビアン系(エクリプス系)が世界のサラブレッドの90%以上を占めている。
日本では1964年から供用されたパーソロンが大成功。71年、76年にリーディングサイアーに輝き、メジロアサマ、サクラショウリ、シンボリルドルフらを輩出。パーソロンの兄弟であるミステリー、ペール、マイフラッシュも輸入された。また、75年に輸入されたダンディルートは8歳で早世したものの、トウショウゴッド、エイティトウショウ、ビゼンニシキなどを輩出した。パーソロンの系統ではシンボリルドルフ~トウカイテイオーを通してクワイトファインが種牡馬となっており、2020年から2、3、4、2、2頭と種付けを行っているが、父系を繁栄させるには厳しい状況にあるのは間違いない。メジロアサマ~メジロティターン~メジロマックイーンの父系を継承していたギンザグリングラスは15年から23年まで種牡馬として供用され、これまで13頭の産駒が血統登録されているが、23年12月に死亡している。ダンディルートはビゼンニシキ~ダイタクヘリオス~ダイタクヤマト、トウショウペガサス~グルメフロンティアが父系を継承していたが、すでに現役種牡馬はいなくなっている。25年に日本で供用予定のバイアリーターク系種牡馬がクワイトファイン1頭だけの予定だったところに、パールシークレットが加わったわけだ。種付け料は受胎確認後50万円(前払30万円)。日本でバイアリーターク系を復活させるのか、注目されている。
衰退しているとはいえバイアリータークは1679年ごろの誕生と言われており、350年近くもその父系を継承しているわけだが、日本供用種牡馬に限ると6代続いている父系はないのだから、父系の継承がいかに難しいものであるかがうかがえる。日本の歴代リーディングサイアーを振り返ってみると、イボア、トウルヌソル、セフト、クモハタなどの時代は日本競馬の黎明期で欧州と比べて競馬レベルがかなり低かっただけに仕方がないとして、ライジングフレーム、ヒンドスタン、ネヴァービート、チャイナロック、アローエクスプレス、ミルジョージ、そしてノーザンテーストまでもがその父系を残すことができていない。活躍産駒に牝馬が多かったとはいえ、11年連続JRAリーディングサイアーに輝いたノーザンテーストの父系が、最後のリーディング獲得からわずか20年程で日本では途切れてしまったことは、残念というよりも衝撃に近い感情を抱かせる。辛うじて前述したパーソロンと、テスコボーイがサクラユタカオー~サクラバクシンオーを通してビッグアーサー、グランプリボスなどその父系を残しており、リーディングサイアー以外ではグラスワンダーがスクリーンヒーロー~モーリス~ピクシーナイト、マルゼンスキーがスズカコバン~クラキングオー~クラグオーと続いているが、それでも日本供用「5代目」のギンザグリングラスが最長である。
だがサンデーサイレンスとキングカメハメハの登場で、その歴史は大きく変わろうとしている。いまさらその実績を振り返るまでもないが、サンデーサイレンスはハーツクライ~ドウデュース、ブラックタイド~キタサンブラック~イクイノックス、ディープインパクト~キズナ・コントレイルなど、キングカメハメハはドゥラメンテ~タイトルホルダー、ロードカナロア~サートゥルナーリアなどを通じて、少なくとも今後数十年規模で父系を残していける可能性を強く感じさせている。存続の危機が訪れているバイアリーターク系、ゴドルフィンアラビアン系と同様に、ダーレーアラビアン系ではあるもののサンデーサイレンス、キングカメハメハの父系を今後100年、200年と継承していくことも、日本の生産者に課せられた務めなのかもしれない。