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馬産地往来

2016年10月25日

2万回騎乗&4000勝 武豊騎手の魅力

後藤 正俊

 騎手界の「記録男」武豊騎手(47)が9月4日の小倉1Rでベルウッドカペラに騎乗し、1987年3月1日のデビュー以来、通算2万回騎乗を果たした。さらにその2週間後、9月18日の阪神4Rメイショウヤクシマで1着となり、JRA所属馬によるJRA・地方・海外通算勝利数が4000勝(JRA3835勝、地方154勝、海外11勝)に達した。どちらの記録も、もちろんJRA史上初の快挙だった。
 デビューから30年、ケガや多少のスランプもあったが、常に馬主、調教師、そしてファンから絶大な信頼を得ていたからこそ、騎乗依頼が途絶えることなく、この2万回騎乗、4000勝の偉業につながった。もちろん騎乗技術が傑出している点がその根幹にあるわけだが、それだけでは30年間もトップジョッキーで居続けることはできない。人間的な魅力に溢れているからこそ、誰もが武豊騎手を信頼しているのだ。
 武豊騎手がデビューする前、競馬学校時代に研修で競馬場を訪れていた時から、新聞記者として接してきた。当時はもちろん「名手・武邦彦騎手の息子」という注目度での取材対象だった。まだオレンジの染め分け帽が初々しい17歳だったが、まずはその知識量に驚いたものだった。記者の間では「歩く競馬四季報」というあだ名が付いた。
 東西のトレーニングセンター(美浦、栗東)にはそれぞれ4000頭近くの登録馬がいる。そのうちの半数程度は外部の育成牧場にいたり、故障で休養していたりする。年間3000頭近くの2歳馬が新たに加わり、その分、引退もしていく。専門紙記者でもデビューからの競走成績が頭に入っているのは、準オープン~オープン級の馬、または自分の担当厩舎に限られているのが現実だ。武豊騎手は子どもの頃からほぼ栗東トレセンで育ったようなものなので、栗東所属馬についてはある程度の知識があるのは不思議ではないが、当時は現在のように東西交流が盛んではなかったのに、美浦の未勝利馬までもデビューからのレースぶりが頭に入っていた。勉強家であることは間違いないが、それでもこの驚異の記憶力は天性の才能だとも言える。
 騎手が成功するためには様々な能力が必要だろうが、他のスポーツ同様に「運動神経」がその基礎となる。子どもの頃から馬一筋だった武豊騎手は、他のスポーツ経験はほとんどないが、デビューして数年後、先輩騎手らに誘われて初めてプレーしたゴルフで、いきなり80台を出した。一般の人ならコースに通い詰めてようやく100切りを目指せるのに、ほとんど練習なしでこのスコアをマークしてしまう運動神経にはあ然とさせられた。
 しかもそのゴルフ話を報道陣が聞いた時のひと言が「僕、道を間違ったかもしれませんね」。すでに断然の成績でリーディングジョッキーとなっていた時期で、もちろんジョークなのだが、彼ならプロゴルファーを目指してもきっと超一流になったことだろうと誰もが思ったものだ。このようなジョークやウィットに富んだ会話、切り返しをしてくれるのも、報道陣からの人気の要因になっている。彼の周りには常に笑いがあり、競馬界だけにとどまらず仲間も多い。
 自分の人気が競馬振興に役立つことをよく自覚しており、平日は地方競馬の交流競走に誰よりも積極的に参戦した。その日の交流レース以外でも地方馬に多く騎乗する。賞金を考えるとJRAに比べればごく少ないのに、依頼があれば快く騎乗してくれる。武豊騎手が騎乗することで競馬場に多くの人が集まり、馬券をより買ってくれることが判っていたからであり、地方競馬の魅力を地元の人たちに宣伝する役割も担っていた。地方交流レース騎乗のために、ヘリコプターまで利用して海外から直行で競馬場に駆け付けたことすらあった。地方でのJRA馬154勝の成績は、その勝ち星をはるかに上回る影響を及ぼしている。
 一方で、勝負師としての厳しさを見せる一面もあった。地方競馬での騎乗時、レース後の検量室で「あれが競馬界のプリンスの乗り方かよ」と武豊騎手を揶揄する発言を仲間内でしていた地方騎手に対して、つかつかと歩み寄り「何か迷惑を掛けましたか。言いたいことがあるなら、はっきり言ってくださいよ」と一喝したシーンを目撃したこともあった。検量室内は一瞬にして凍り付いた。GⅠでも、地方の未勝利戦でも、同じような気持ちで真剣に取り組んでいるからこそ、軽はずみな発言をする騎手の姿勢が許せなかったのだろう。
 いま47歳の武豊騎手だが、岡部幸雄さん(JRA)は56歳まで一線級で活躍した。地方通算7151勝の佐々木竹見さん(元南関東)は59歳まで現役を続けた。その通算記録まであと250勝に迫る的場文男騎手(南関東)は今年8月、59歳10か月という最高齢重賞勝利記録を塗り替えた。それに比べれば武豊騎手もまだまだ中堅級の年齢だ。今後も数々の記録更新を期待したい。

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