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馬産地往来

2007年6月1日

ウオッカのダービー制覇の背景

根本的な牧場改革が生んだ快挙

後藤正俊

 07年度の日本ダービーは、 ウオッカによる64年ぶりの牝馬制覇という快挙となった。 これまでもトウメイ、 テスコガビー、 エアグルーヴなど牡馬勝りの女傑は多くいた。 リニアクインとダンスパートナーは、 同年のダービーより0秒6も速い時計でオークスを優勝して 「ダービーに出走していたら勝っていたのでは」 と言われた。 1961年のチトセホープはオークス制覇後、 連闘でダービーに挑んで3着になっており、 「もしダービーだけへの出走だったら……」 とも言われた。 だがいずれも 「仮定型」 の話である。
 64年前のクリフジにしても、 当時のダービーは秋に行われており、 春のオークス馬がダービーを目指したのは 「挑戦」 とはいえない状況だった。 そう考えると、 実際に牝馬が“敢えて”牡馬に挑んでダービーに勝ったのは史上初と言ってもいいだろう。 まさに歴史的なダービーとなった。
 ウオッカのダービー制覇は、 静内・カントリー牧場の執念の賜物といえる。 カントリー牧場はこれまでにもタニノハローモア、 タニノムーティエ、 タニノギムレットと3頭のダービー馬を輩出しており、 このウオッカで4勝目となった。
 ダービー多数制覇牧場には6勝の下総御料牧場を筆頭に、 5勝の小岩井農場、 ノーザンファーム (社台ファーム早来牧場時代も含む)、 4勝の社台ファームがあるが、 下総御料牧場や小岩井農場の時代は民間のサラブレッド生産牧場がほとんどなかった時代だった。 またノーザンファーム、 社台ファームは圧倒的な生産頭数と質を誇っており、 この勝利数もそれほど不思議なことではない。
 だが年間生産頭数20頭規模のカントリー牧場のダービー4勝という記録は奇跡的な数字と言える。 それだけダービーというレースにこだわりを持ち続けていたわけだし、 牝馬のウオッカを牡馬クラシック競走にも登録していたのも、 当初からダービーを最大目標にしていたからだった。
 もちろん、 この快挙は偶然で生まれたものではない。 タニノムーティエ、 タニノチカラ以後、 生産馬の成績不振が深刻になったときには、 繁殖牝馬を輸入するなどの即席的な対処ではなく、 帯広畜産大学に土壌・草質調査を依頼して土壌・牧草の栄養分やミネラルを詳しくチェック。 土壌の入れ替えだけでなく、 排水に問題があることがわかると暗渠 (あんきょ) を作り、 時間をかけて根本的な解決に取り組んだ。 その結果が出るまでには長い時間がかかったが、 焦らずに体制を立て直した。
 また繁殖牝馬の頭数も削減して、 1頭当たりの放牧地面積を増やし、 交配種牡馬のレベルも高めた。 02年のタニノギムレットに続いて今年はウオッカがダービーを制したのも、 そうした根本的な牧場改革がしっかりと実を結んだ結果だった。
 そしてカントリー牧場にとって何よりもうれしかったのは、 タニノギムレットの初年度産駒でダービーを制したことだろう。 カントリー牧場の生産馬では、 これまでにタニノハローモア、 タニノムーティエ、 タニノチカラ、 タニノフェバリット、 タニノスイセイが種牡馬となっているが、 タニノフェバリットがタニノターゲット (3歳牝馬S優勝、 桜花賞3着) を、 タニノムーティエがタニノサイアス (桜花賞4着) を送り出したのが目立つ程度で、 いずれも期待ほどの種牡馬成績を残すことができなかった。
 それだけにタニノギムレットには何とか成功してもらいたいと、 供用先を日高ではなく、 多数の交配牝馬が集まる社台スタリオンSを選んだ。 その初年度産駒から、 ウオッカのほかにもゴールドアグリ、 ヒラボクロイヤルと計3頭もダービーに出走させることができたことで、 タニノギムレットの今後の種牡馬生活はより輝かしいものになることは間違いない。
 ウオッカは今秋、 凱旋門賞に挑戦することが発表された。 3歳牝馬なら54・5キロで出走できるという大きなメリットがある。 ここでもウオッカが 「歴史的快挙」 を達成してくれることを期待したい。

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